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Music Chan ミュージックちゃん

Music Chan ミュージックちゃん

スタジオセッションについて〜その1

Studio Piano
今まで、数々のスタジオセションをやってきたがプロとしてうまくセッションワークをこなしていくことはもちろん高収入にもつながるし、運のいい場合はライターとして曲の権限を持つこともできる。最近はホームスタジオが当たり前の世の中、ましてやプロデューサーでキーボードの弾けるひとが多いので、なかなか仕事がまわってこないのが現状。プラス、技術が発達した今、バンド全員で弾いて「さぁ、録りましょう!」というパターンは本当にまれ。だいたいは、もうすでにある程度できあがった曲に生楽器をのせるというパターンがほとんど。

 とりあえず、レコーディングの仕事をする上で一番大切なのは、だれがプロデューサーだ、ということをよくわきまえて、とことん彼/彼女が一体自分に何を求めているのかを見つけること。よくあるのは、プロデューサー自身がサーチしていていまいちどういう感じの演奏が欲しいかわからない場合。どんな感じがいいかわからないくせに、演奏したあとで、「でもこういうのじゃないんだよなぁ。」という。「じゃあ、どういうのよ〜?」と聞いても答えられないというパターン。もしこういう状況に遭遇したら「忍耐」の2文字を頭に刻み、とにかく「これはどうでしょう?、あれはどうでしょう?」といろいろなパターンを弾いてあげること。何回か仕事していくうちに、その人の好みとかわかってきて、楽になるはず。
 また逆に自分がプロデューサーの立場になった場合、ミュージシャンをどうもちあげて1番の演奏をしてもらうかが勝負だ。特に、シンガーの場合はいろいろ言い過ぎて傷つけたらもう歌えなくなっちゃうので、要注意。ほめればいい演奏する人か、とことん自分の求めているものを要求しても答えられる人かを見極めなければならない。ミュージシャン選択の時点で、思ったように選べないということがなきにしもあらず、だからだ。あとスタジオの雰囲気作りも大切。キャンドルライトをつかったりしてその曲にあった雰囲気を演出する。ということで、次回は実際の演奏方法について詳しく説明します。

 

あんたはうまいっ!

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英語は中学の頃から大好きだった私。それというもの、北九州市門司区の柳西中学の中山先生のおかげ。先生の大げさな発音の仕方を「あそこまでしなくても。。」と思いつつ一生懸命まねしていつもテストは90点台だった私。時は過ぎて、1995年、初めてのR&Bのバンドに入った私は今まで習った教科書の英語では到底説明のつかない英語に出会った。このR&Bのバンドは私を入れて6人の編成。ドラム、ベース、ギター、キーボード、女性シンガー、と男性のラッパーがいた。ギターの子はイタリア人とメキシコ人のハーフだったが、あとのメンバーはみんな黒人。音楽のジャンル的にコンサートやギグのお客さんも黒人が多かった。その時点でアメリカ生活通算3年たっていた私だが、リハーサル中にいろいろ飛び交うジョークなどはほどんどわからず、ただわかったふりをしてヘラヘラしていることが多かった。
 ある日、ギグでキーボード・ソロをしてそのセットが終わったあと、まだステージにいた私のところへある黒人の女の子が駆け寄ってきた。” Hey Girl! You are a bad keyboard player!” (直訳すると、そこの彼女、あんたキーボード下手ねぇ。)となる。私は、ニコニコしながらそういった彼女の顔をじーっとみて、傷ついていいのやらなにやらわからず、言葉に詰まってしまった。氷ついた私の顔を彼女も不思議そうに見ていたっけ。
 で、バンドのみんなにこれこれしかじか、こういうことを言われた。と報告したらみんな「よかったねぇ。やっぱりあのソロがよかったから。」という。で説明してもらって初めてわかったのだが、You are BAD! というのはすごいっ、とかかっこいい、ていうことだというのがわかった。なるほど、、、だから彼女はニコニコ笑ってたのか。
 で、何年もたって You are BAD. だけじゃなくて、ほかにもいろんな言い方があることがわかった。
1)You are SICK. (このSICKは病気っていう意味じゃなくて、病気になるほど、かっこいい、という意味。)
でも、もちろん使われる時と場合によって(ひどい人)という意味にもなるので、注意。
2) You are the shit! ( shit っていうのはくそーという悪い意味もあるけど、この場合はやっぱりすごい!っていう意味になる。)
3)You are the bomb. (bombっていうのは爆弾という意味だけど、ここでは爆弾が爆発するくらいのインパクトがあるっていうこと。要するに、すごいってことかな。)
4) He is Dope. (Dopeっていうのは、麻薬常用者っていう意味だけど、ここではやっぱりかっこいい、とかすごいという意味になる。)これは人に対してだけじゃなくて物に対しても使える。

 というふうに、単にあんたはうまいっ!、すごいっ!といってもいろんな言い方があり、もちろん中山先生のクラスでは教えてもらわなかった表現が実際ここで生きていくと山ほどある。ということで、第1回目の英語講座でした。

初めての黒人バンド

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今まで、黒人音楽をあまり知らなかった私が、例のミュージシャン・コンタクトサービスである黒人バンドがキーボードプレーヤーを募集していることがわかり、オーディションに行くことになった。その当時は3歳だった息子連れでノースハリウッドにあるスタジオに行くと、バンドリーダーのマイク(ドラマー)とアート(ギター)が待っていた。で、二人は次から次へとR&Bのカバーソング(ヒット曲)の名前を言って、「これ知ってるか、あれ知ってるか?」と聞いたが、私はジャズは知ってても、R&Bはあんまり免疫がなくどれもこれも全然知らなかった。二人は「ちょっと待っててね。」と言って、奥の部屋に行きこそこそ話してるのがちょっと聞こえてきて、She Ain’t Good. 「あの子は全然だめだ。」と言っているのがわかり、ここはなんとか名誉挽回しなければ、と「すいませ〜ん。バンドのレパトーリーの曲のカセットテープってありますか?」と聞いたら、全部で30曲はいったテープがあるとのこと。なので、とりあえず、そのテープの曲を全部覚えてくるから、と約束し1週間後に会うことにした。今から考えたら笑っちゃうが、その当時ジェームス・ブラウンもプリンスも知らなかった。
 さて、1週間30曲を全部楽譜に書き、猛練習してまたスタジオでミーティング。「どの曲がいいですか?」とりあえずマイクの選んだ1曲目を弾いたら、アートもマイクも目をパチクリ!とにかくキーボードパートといえるものは全て楽譜に書き音色もきちんとセットアップしたので、二人とも本当にびっくりしていた。3曲目を弾き終わって、二人がまた奥の部屋で話しているのが聞こえた。今度はShe is all right.「なかなかいいじゃないか。」ということで、私は初めての黒人バンドの仕事をゲットした。

死ぬまでポルカ?

Polka Final
おしっこもらしのおじさんとのレコーディングを無事に終えた私はめげずに例のミュージシャン・コンタクトサービスのジョブ・リスティングに電話して、キーボード奏者を探しているジョージという人のナンバーをゲットした。このジョージは出会ってからわかったのだが、ルーマニアの人で彼と仕事をするのもルーマニア・レストランだということがわかった。
年末が近づいていたので、仕事は大晦日の夜、で曲はカセットテープにもらった。これが1994年、私のロス・ミュージシャン生活を飾る最初のライブギグとなった。
 もらったテープを聴いたら、あとからあとからポルカの曲ばっかり。とりあえず、全部楽譜に書きジョージとの2度目のミーティング。楽譜を見ながら、次から次と曲を弾く私に彼は大喜びだった。曲自体は難しくも何ともないけど、問題は曲の題名がルーマニア語なので、じゃあ次は何々。。。と言われても曲名が覚えられない。これは慣れるまで大変だった。なにしろこの大晦日のギグで気にいられた私はそれから1年半というもの、このルーマニア・レストランで毎週末仕事をしたのだ。レストランには専属のシンガー(この人の名前もジョージ)がいて、彼はとっても面白い人。っていうか、いかにもっていうタイプのゲイでとにかくワインを飲むときは小指を立てる、ステージの上では女の子のようにおしりフリフリして踊る、本当にマンガに出てくるような世界だった。ジョージのレパートリーは結構幅広く、ルーマニア語の曲だけじゃなくイタリア語、スペイン語、ヒブルー語、ポルトガル語というあらゆる言葉で歌った。カラオケボックスに行って必ず歌うのは「ベサメームーチョ」という母親に育てられた私なので、なんと、彼のレパートリーの中には知っている曲が多く、彼の歌もまんざらでもなかった。と、大晦日の夜、9時から演奏開始、1セット目を無事に終えた。2セット目、もう夜の10時すぎ、そろそろアルコールも入って気持ちよくなってきたお客さんはバンドがあるポルカの歌を弾くと、みんな立ち上がって踊りだした。で、そうこうしているうちにその曲も終わり、次の曲もポルカ、その次もその次も。それもだんだんテンポが速くなってくる。ふっと、時計をみると11時すぎ。バンドリーダーのジョージのほうを見たが、演奏が終わりそうにもない。この時点でお客さんはみんな輪になって大騒ぎしながら踊っている。私のほうは、というとベースプレーヤーがいないので左手でベースパートまで弾いていたので、あんまりテンポが速くなって、ウンタン、ウンタンのウンだかタンだかわかんなくなるほど頭がごちゃごちゃになっていた。一晩中ポルカを弾き続けて、なんとギグが終わったのは夜中の3時。いくらお金のためとはいえ、ここまでするかなぁ。。とちょっと悲しくなってしまった。でもそれから1年半私は毎週末がんばってそのレストランで演奏し、終わり頃には、ルーマニア語でポルカの曲を歌えるまでになり、私の歌を聴きに来てくれるお客さんまでできて、(みんな年寄りのおじちゃんばっかりだった。)いっぱいチップももらうようになった。
 ポルカ自体は別に大好きという訳ではないが,ルーマニアのポーク・チョップやチキンカツがおいしくて仕事に行くたびに食事の時間を楽しみにしていた私だった。でも、1年半たってR&Bのバンドに入ることになってポルカにサヨナラした。

ロスでした初めての仕事は?

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1993年の3月にロスに来た私。といってもその当時1歳の息子がいたので、半年間は子育て一本。でもそのうち音楽の虫がむずむずして「なんかしたい。」「外に出たい!」で、仕事探しをすることに。
 まず、知り合いで音楽関係の仕事をしてる人が全くいなかったので、とりあえず電話帳でmusicのセクションを開き”ミュージシャンズ・コンタクト・サービス”という会社を探して電話した。その当時で確か$45払うと2週間ジョブ・リスティング・ホットラインという電話番号にアクセスすることができた。でその中から自分ができそうな仕事を見つけて先方に電話するという手順だ。3日目に電話したときイタリア歌曲をレコーディングしたいという人がピアノ奏者を探しているのがわかり、早速連絡した。こうして私はロスに来て初めてのレコーディングの仕事をゲットしたのだ。
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そんなこと一口に言えっていわれても。。

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さて、どうやってプロになるか?っていわれてもそんなこと簡単には言えません。というかプロミュージシャンの定義って一体何か、っていうことです。友達の裏庭のバーベキューパーティで演奏して、$50もらうのと、世界中をツアーして月々$100.000もらうのも、まぁ自分が演奏することで、お金を稼いだという点に関しては同じだし。結局自分がどの程度のプロになりたいか、っていうところかな。

それにプロとしてアメリカの音楽業界で食べていくと一口に言ってもそれはそれは、数多いオプションがあります。まず、ライブ・ミュージシャン。ライブのギグを中心に仕事をしているグループ。スタジオ・ミュージシャン。スタジオのレコーディングを中心に仕事をしているグループ。とはいってもこの2つのグループの両方をかけもちでがんばってる人がほとんどです。あとは、演奏ではなく、サウンド・エンジニアとして活躍している人もたくさんいます。またその中にも、ライブ中心の人とスタジオ中心の人がいます。ソング・ライターという可能性もあります。いい曲をいっぱい書けるとパブリッシング・ディールといって、決まったサラリーをもらってある会社のためにひたすら曲を書くというオプションもあります。あと、私のようにコピーイストといって、楽譜書きをコンピューターでする人。結局自分が何が得意で、どんな仕事をしていたら楽しいか、自分のライフスタイルに合っているか、っていうのが究極のクエスチョンですね。それで、好きなことをしながら食べていけたらこんなに幸せなことはないっていうこと。なにしろ、一口には説明できないので、今回はこれでおしまい。